最近は「独立」よりも「副業」「複業」という言葉で取り上げられることも増えてきた、グラフィックデザイナー。
誰でも1か月でなれちゃう(らしい)職業、それがグラフィックデザイナーです!
SNSの広告でも増えてますね、
「1か月デザイン講座受け放題無料!!」
「1か月で在宅副業収入30万!!」
「開業半年で月収100万!!」
先日なんて、とうとう「1日でデザイナー!」っていう広告を見つけましてね、
それなら私も教えてあげます。誰でも1日でデザイナーになれる方法。
名刺つくりゃあいいんです。
いや、SNSアカウント作って、自己紹介に「デザイナー」って書きましょ。できあがり!
…と愚痴はここまでにして。
会社員から独立してフリーランスになった方に、実働時間や収入を聞いてみる回、第2回目です。
第1回はこちら▼
グラフィックデザイナー、WEBデザイナーとして独立1年目のTさん
Tさん(20代男性/大阪府在住)
大学卒業後に個人経営のデザイン事務所に就職、3年目に退職、1年弱配達業のアルバイトをした後にフリーランスとして開業、現在ちょうど1年が経とうとするTさん。
まずは労働時間をご覧ください。
<1週間の記録>
曜日 | 時間 |
---|---|
月曜日 | 10時30分~22時(11時間30分) |
火曜日 | 12時~15時(3時間) |
水曜日 | 休み |
木曜日 | 11時00分~23時(11時間) |
金曜日 | 12時30分~14時(1時間30分) |
土曜日 | 10時~12時、15時~20時(7時間) |
日曜日 | 11時~24時(13時間) |
始業時間、終業時間も特に定めておらず、遅めのスタート、遅めの終了ですね。
1週間で見ると合計47時間と、平均すると1日1.5時間残業程度です。
業務内容としては、WEBが4割、DTPが6割で、前職のデザイン事務所からの仕事と、クラウドソーシングサイトで受注しているそうです。
独立してから1年間の収入は約180万円
12ヶ月で平均すると月給15万円、
会社員との比較のためにボーナスが年3ヶ月とすると月給12万円です。
収入面で見るとなかなか厳しいですね。
事務所勤務時代の年収260万円(手取り17万弱/ボーナスなし)と比べると収入は減りましたが、社内の人間関係がやや難しかったようで、今は前職の担当者から仕事をもらう立場ではあるものの毎日顔を合わせなくて済むのでかなり精神面は楽になったとのこと。(何があったか深堀りするのはやめよう)
また、史跡めぐりが趣味だというTさんは、平日に休みが取れて、思い立った時にすぐ行動できる現状の働き方には満足だと言う。
大阪市内、築30年1R6畳で家賃は4万2千円、食費や交際費、衣服などの生活費は極限まで切り詰めて節約し、医療保険等は未加入。趣味に必要な最低限の移動交通費のみ残して、月によっては貯蓄もできそうな勢いだというからこれまたすごい。
ただ、国民年金や健康保険の支払いが突然やってきて、焦ってお金の勉強をしたとか。みんな同じです、ハイ。
最後に今後のことを尋ねてみました。
「目標は次年度年収300万」と控えめだけど現実的。今の収入が少ないのは初年度だからと諦めて、ストック収入(定期・定額収入)を増やしていきたいと意気込んでいました。WEBってそういうところ、いいよね。
「収入が不安定なので月収の平均で支出を考えると必ず払えない月が出てくる。支出は最低限で常に貯蓄がある状態を維持したい」とかなりしっかりした金銭感覚。
「新しいことに挑戦する時間はプライベートの時間と割り切っているから、同じように仕事椅子に座っていても仕事の時間に計上せず、失敗しても成果が上がらなくてもマイナス計上しない」と頼もしすぎる思考回路。
そしてこのコロナ禍に、10年のお付き合いを経て彼女さんとご婚約。勢いもすごい。おめでとうございます。
まだ独立して1年目だからなのか、若さゆえか、かなりの余裕を感じました。
独立というと「一人での旗揚げ」「孤軍奮闘」などの厳しさ、部屋でチマチマ作業する「孤独」「閑散」などの寂しさのイメージを持たれがちで、もちろん現実的にもそうなのですが、精神的な解放、プライベートの充実がそのマイナス面を大きく上回っていました。
フリーになってSNSでイラストやらアップしてキャッキャしたり、シャレオツサイト立ち上げてコンサルぶったブログ垂れ流してる若者かと思いきや(この発想自体もう化石化している自分が嫌になりますが)実際会って話してみるとかなり堅実で地味(失礼)でした。
生活は部屋を見る限り昭和の苦学生みたいだけど、背伸びもせず、イキイキしてる。
新しいことへの挑戦に労力を惜しんでいないのに、現状維持や小さな積み重ねの大切さもわかっている。
ウサギとカメの両方の良さを兼ね備えた若者よ。
もう応援しかないよ。投資したいくらいよ。
Tさんの5年後、10年後、また取材できたらうれしいです。